例えば茶道。手仕舞いには意図があって、コンパクトに衛生的に片付くミニマムな仕掛けとなっていることに小学生ながら感動。他方、重い水差しは涼しい顔で、軽い茶杓は恰も鉄の塊を持ち上げるが如く慎重に取り扱う。意味があるかよりどう捉えるかは自分次第だったりするその曖昧の美学。
人それぞれに琴線があり、その太さや長さ、訪れる時期が違ったりするのかもしれませんが、そんなチャンスを、知られざるコアな側面を、スペシャリストから、少しだけ、受ける・・・そんな場があれば良いのに。これがManabuのスタートです。
さて、アーティスト自らがManabuをご案内することもあるBIOME。11月は「植田陽貴と油絵で火を描く」。暖炉を囲んで描きたいな、と話しています。サクッと経験できる機会を提案・実現します。