アートの価格(うんざり)
- NORI Kuriyama
- 7月6日
- 読了時間: 2分
この手のテーマは、過去からさまざまな形で取り上げられています。
私自身は、作陶したり、絵を描いたりする技量を持ち合わせていません。材料に原価があるのは理解できますし、その材料の価格が高下するのもわかります。
さて、一番大切なアーティストの「手」や「脳」を動かす部分の価値をどう捉えるのか、これまできちんと説明してくれたアーティストは多くはありません。
「おおよそ、○○号(サイズ)で単価○○円を設定しています」「○○百貨店で設定した金額から変えることはできません。お客様を裏切ることになります」、正直なところ、口がぽっかり空いていたと思います。
手や脳から生み出すものは、計りで明確に重さを測ったり、時間を制限したり、感情の起伏を制御して作り上げられるもののはずがないじゃん、という持論がいつもあるのです。
どうなんでしょうか。
アーティストの皆さん。
クライアントワークを前提としている方など、そういう場合は別です。
なんで、そんなこと言えるのだろう。
そういう場合は、大概の場合、「なぜあなたにスペース料を支払わなければならないのですか」「管理委託費用は、歩率に含まれているはずです」となぜ、決めつけた過去からの踏襲を取り上げてこられるのか。
教えてください、と言いつつ、都度伺うことにしよう。
海外に出て、確信した大きなポイントの一つです。
