日本最古のガラスは縄文時代にまで遡りますが(確か、勾玉など神仏のものとして存在、でしたよね)、吹きガラスのようにその製造技術が日本で始まったのは、フランシスコ・ザビエルの来日のときでしたね(日本史で学んだような読んだような)。そう考えると生まれた時には普通にガラス器に囲まれている私たちなのですが、歴史的にはまだ浅い素材であり、この技法も、古くからあるとはいえ、日本人の技術として浅いものだったのですね。
島田真平さんがガラス作家を志したのには、熊本にガラス作家がいなかったから、だそうで。やはり少ないのですね。
イタリア語でincarmo・・・インカルモ。
製作した色などが違うガラスを、大きさをあわせて溶接し、それぞれ色の違うガラスに仕上げること、あるいはそういう作品のことを言うとのこと。「カップリング」とも言うそうで、技術や経験がいる難しい技法だということを知りました。
それにしても、こんなに大胆で鮮やかな作品たちを、生み出していく島田さん。様々な美術品に囲まれて生まれ育った環境が、モチーフやデザインに反映されているのでしょうか。
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