木下めいこ① ひまわりのような人といっても
- 7月6日
- 読了時間: 4分
「わあ、話に聞いていたより、広くて素敵」
設営のためにBIOMEへやってきた木下めいこさんは、入ってすぐ、思わず声をあげました。
その反応が、すでに木下さんらしいものでした。
壁の位置や作品数を確認する前に、まず場所全体を見る。
今回の展示で大きな課題となっていたのは、屏風をどこに、どのように立てるかということでした。
その最初の一声には、すでに展示の始まりが含まれていたように思います。
BIOME中山手での三人展では、木下さんの大作を十分にご覧いただける展示環境をつくることが難しい部分もありました。
日本画には、屏風、襖、杉戸絵のように、建築とともに見られてきた大きな画面があります。紙や絹に描かれた一点の絵でありながら、見る人の前に広がり、歩く距離や立つ位置まで変えてしまう。木下さんの大作にも、その感覚があります。
今回、BIOMEでの個展では、ひまわりの作品をキービジュアルにしました。
会場でご覧いただくと、まず、その黄色が目に入ると思います。そう見えるように、展示も組み立てています。
ひまわりは、太陽を追う花として知られています。
けれど、植物として見ると、太陽を追って動くのは若い時期のつぼみや花で、成熟した花は、多くの場合、東を向いたままになるのだそうです。
ある時期を過ぎると、自分の向きに定まる花。
木下さんのひまわりを見ていると、そのことが印象に残ります。

夏の終わり、太陽を追っていた花が、それぞれ別の方向を向く。
そこに、渡りの前のツバメが重なる。
黄色と黒、花と鳥、杉板の木目。
ひまわりの明るさの中に、季節が過ぎていく気配があります。
特にメインとなる杉板の作品は、時間の経過を表しているようでもあり、その場にあった一瞬をとどめているようでもあります。

作品は、二枚ごとに分けてお求めいただくことも可能です。
そのことを踏まえて会場でご覧いただくと、ひとつの大きな画面として見る時とはまた違う構成も見えてきます。
梅や桜のように、ひまわりは古くから和歌や王朝文学の中心にいた花ではありません。江戸期に入ってきた外来の植物でした。
大きすぎる花。太陽に向かう花。夏の終わりを背負う花。
木下さんのひまわりには、清々しさと、少しの哀愁があります。
古典的な花鳥の型に収まるのではなく、現代を生きる作家の絵として、物語を帯びて見えてきます。
私は、このひまわりに、木下めいこさんその人を感じています。
明るくおおらかなひまわり、という単純な意味ではありません。
大学を出た後、子育てをしながら制作を続けてきたこと。
35歳を前に、次へ進むための挑戦として大作公募展に応募したこと。
会場に立ち、人と出会い、自分の絵がどのように見られたかを受け止めてきたこと。
子育てや家庭の時間も、木下さんの絵には入っているように感じます。
近年、木下さんがひまわりを選び、そのそばに、夏を謳歌したツバメの姿を描いていることもまた、作品を見るうえで大切な入口になるのではないかと思います。
今回の設営でも、そのことを感じました。

屏風を軸にするなど、BIOMEとしても前例のない展示でした。
木下さんは頼れる方々数名にお声がけくださり、それぞれが役割を持ちながら、数時間のうちに設営を終えました。
可動壁を動かし、作品の入り方を確認し、入口からの見え方を確かめる。
隣り合う作品との距離を見て、光の当たり方を調整する。
大きな作品は、掛ければそれで終わるものではありません。
その間の中心には、もちろん木下さんがいました。
「めいこさん、こちらの高さはどうしましょう」
「明るさはどうしますか」
「この作品は、置きで見せるのもよさそうですね」
「GARDEN」は、花だけを指すタイトルではありませんでした。
木下さんが愛する自然界のものを主題としながら、杉板、絹、岩絵具、染料、屏風、サイアノタイプといった技法や支持体そのものも、会場全体の見え方に関わっています。
花や鳥が描かれているだけではない。
作品の置かれ方、見る距離、光の入り方まで含めて、「GARDEN」という場所がつくられているように感じました。
明るく見えるひまわりの奥に、過ぎた時間がある。
そのことを、会場で確かめていただけましたら幸いです。
木下めいこ 日本画個展「GARDEN」
07月04日(土)ー07月26日(日)
12:00−18:00
最終日:12:00ー15:00
休廊日:水曜・木曜日
