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プロフィール

登録日: 2019年9月5日

記事 (288)

2026年1月15日2
宮本敏明② パリへ
宮本さんは、1961年神戸市生まれ。1989年に渡仏し、以後フランスやイギリスなどで活躍。1997年にはイギリス・ジョンコバル財団主催のポートレートアワード'97入賞と略歴には記載があります。 もともと絵画も勉強されていたようですが、写真がアートとして成立し得るのではないか、という問いを持つようになったことが、カメラを用いた表現への関心を深めていくきっかけになったようです。写真は当初、仕事と強く結びついた存在だったと聞いています。 制作と実務の両方に関わりながら写真と向き合うなかで、写真とアートが結びつくまでには一定の時間を要したようです。風景や街の断片を記録するような撮影を行いながら、写真表現の可能性を模索していったと伺っています。 写真集より その過程で、多くの写真作品に触れ、写真が持つ一瞬性や構成の力に強く惹かれていったことが、海外で制作を行ってみたいという思いにつながっていったようです。 パリでの生活や制作を重ねるなかでは、写真を仕事としてではなく、表現として成立させるための試行錯誤が続いていたと聞いています。 また、さまざまな作品や作家と集中的に向き合う機会を通して、「...

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2026年1月15日3
宮本敏明④ 「つくるひと」へ
Knowing More Aboutで行った宮本敏明さんへのインタビューや、日常の会話から拾い上げたスピンアウト版の声をお届けします。 人物を撮影する流れが再び生まれていったことは、印象的な変化のひとつでした。大阪・本町にある Art Gallery Espace 446  で活動するアーティストたちに自然と関心が向き、写真で向き合ってみたいと思うようになったそうです。 ギャラリーに機材を置かせてもらい、アーティストの顔写真を撮り始めたことも、その延長線上にあったとのことです。 ちょうどその頃BIOMEは、大阪で開催された個展に大きな衝撃を受けました。2026年に中山手での最後の展覧会を控えていたこともあり、その企画を宮本さんに託したいと考え、その思いを打ち明けました。 大阪で発表されていたポートレート展を、BIOMEでも何らかの形で実現できないかと相談し、被写体の選び方や進め方についても、時間をかけて議論を重ねました。 その過程では、宮本さんから厳しい意見をもらうこともありました。 アーティストとギャラリーでは、視点や企画の論点が異なるということを、互いに認識し合うためのやり取...

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2026年1月15日2
宮本敏明③ 「イカリエ」の頃。ポートレートへの動機
パリでの生活が長期化するなかで、写真への関心が徐々に変化し、取り組む領域も広がっていったとのこと。仕事として人物を撮影する機会が増え、ポートレートを撮影する経験が重なっていったそうです。 その後、仕事量の増加により創作活動を一時的に中断する時期があり、さらに社会全体が大きく揺れたコロナ禍を経て、写真を用いた作品制作へと再び意識が向けられていったようです。 象徴的な風景や建築物を撮影した場合、鑑賞者の関心は、写真作品の場合被写体そのものへと集中しやすい。表現としての写真や撮影者の存在が後景化しやすい側面があります。 対照的に、絵画や他の表現には、意味が即座に確定しない余白が存在します。見る側が立ち止まり、解釈をめぐらせる余地があること。 その想像の過程こそが、作品体験の核心ではないかという考えが、表現の方向性を考えるうえで重要な視点になっているように感じられます。 2023年にBIOMEで発表された個展「イカリエ」では、そうした試みがひとつのかたちとして示されていました。複数の要素を重ね合わせた構成は、鑑賞者に対して、何が写されているのか、どのような素材や支持体が用いられているのか...

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