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日常での気づき、イベントやアーティストについて触れた日々のメモです。
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小島祐一 インスタレーション
これだけの人間に、一度に囲まれることは、そうありません。 もちろん、ここにいるのはすべて、小島祐一さんが描いた人物です。 大小の人物画が壁の上から床際まで続き、作品と作品の間隔も狭い。顔、顔、顔。その間に身体があり、俯く人がいて、こちらを見る人がいる。 人によっては、圧迫感を覚えるかもしれません。 あるいは、少し怖い、居心地がよくない、さらには嫌悪に近い感覚を持つ人もいるかもしれない。 しかし、それも含めて、この場所には人物画が押し寄せてくるような迫力があります。 小島さんはここ数年、複数の人物画を一つの空間に集積させ、空間全体を一つの作品として見せるインスタレーションを取り入れています。 ただ大量に掛けているわけではありません。 大きな作品と小さな作品をどうぶつけるか。暗い画面のなかに、どこで赤や黄、青を入れるか。顔と顔をどれほど近づけるか。視線の高さをどうずらすか。壁に掛けるだけでなく、床に置く作品をどこに入れるか。 近づけば一人の人物が見え、離れれば何十人もの人間が一つの塊になって迫ってくる。 一枚ずつ鑑賞するときとは、作品の見え方そのもの
5 日前読了時間: 2分


小島祐一 油彩然
月刊『アートコレクターズ』2026年9月号に、小島祐一さんの個展をご紹介いただいています。もうお手に取られましたでしょうか。 今号の特集は「猫は最高傑作である」。 その誌面の冒頭で、小島さんの作品について、「現代の油彩画ではあまり見られないような堅牢な筆致」と紹介されていました。 この一文に得心したといいますか、実作を見たときの感覚を言葉にするとこうなるのかと、感心してしまいました。 油彩にも、時代ごとの流れがあります。アーティストのこだわりや癖が出る部分でもあります。軽やかなもの、画面を薄く保つもの、イメージとしてさらりと処理されるもの。もちろん、それぞれに現在の絵画としてのあり方があります。 けれど、小島さんの油彩は、そこから離れた場所にあるように感じていました。 どこの誰にも邪魔されない確たる世界が、観る者の胸を打つ。涙される方もいるというのも、うなずけるのです。 画面の前に立つよりも先に、ギャラリーに入った瞬間に度肝を抜かれるようなご案内をしていますので、詳しくは控えましょう。 Ⓒ小島祐一「嵯峨野の冬」 小島さんの作品を目の前にすると、絵
9月10日読了時間: 2分


葉明慧 手の気配
わぁー、この作品、どこを持とう。 葉明慧さんの花びらの作品を見ると、まずそんなことを思ってしまいます。 小さな花びらが、一枚いちまい彼女の指先から生まれ、土肌に張り付けられているのです。 そっと触れて、目を閉じて指先の感触だけを確かめてみると、これがまた面白い。 そういえば、2022年の「たからもの for おくりもの」に出品された作品にも、すでにその片鱗は見えていました。 たからものforおくりもの展覧会出店の作品 搬入のあと、葉さんから、目の疲れと腱鞘炎でずいぶん苦しんだと伺いました。それはそうだろうな、と納得します。今回も、人気が集まったのはやはりこの花びらのシリーズでした。けれど、今回の展覧会では、ほかにもぜひ見ていただきたい作品が揃っています。 土の中から出てきたものなのか。ずっと昔からそこにあった土器なのか。 素焼きのような色、ところどころ焦げたようにも見える茶や黒。どこか民族的でもあり、野生味もある。 それでいて、姿はとても端正です。 葉さんは、この茶系の作品について、こう話しています。 「暗めの茶系作品の土台にあるのは、土器やアン
8月29日読了時間: 3分


中島美静 手の気配
生活の中で、不安定なものがあると、人は落ち着かない気持ちになりがちです。 几帳面な人なら、額が少し傾いていたり、整然と並んだものの中にひとつ乱れがあったりすると、つい目についてしまうこともあるでしょう。 ところが、不安定なもの、動くものが、いつも不安を誘うわけではありません。 行儀悪く床に寝転がっていたら、窓から入った風でカーテンがふわりと持ち上がる。焚き火や暖炉の炎が揺れる、流れる小川が、石か何かで規則的ではない流れを見せる。そんな柔らかな動きには、不安より、むしろ安寧を覚えることがあります。 2022年の「たからもの for おくりもの」で、中島美静さんが出品されたのは酒器のセットでした。 そのときの注器は、比較的どっしりとした、落ち着いたかたちをしていました。 近年、中島さんの作品を並べていると、冒頭で触れたような、心地よい揺らぎを誘うものが多くなっています。底がほんの少し丸みを帯びていたり、高台を持たなかったり。 目の前の器が、わずかに揺れる。 正面を決めて眺めていたはずなのに、少し横へ移動すると、また違う面が現れます。 そして、中島さん
8月29日読了時間: 3分


木下めいこ③ ひかりのとき
中央塔が最終高に達したことで、今年あらためて話題となっているサグラダ・ファミリアでは、入場する時間帯を選ぶ楽しみがあります。 朝は東側の生誕のファサード側から青・緑系の光が入り、午後から夕方には西側の受難のファサード側から赤・オレンジ系の光が入ることでも知られています。 一方、一般的なギャラリーで、どの時間帯に見るかまで考えて来られる方は、あまり多くないかもしれません。 夕暮れのひまわり ところで、設営のとき、木下さんは会場を見ながら、窓まわりについても気にされていました。可動壁で窓をすべて覆うのではなく、窓が見える部分を残してほしい、と言われました。外とのつながりが残るようにしたい。その判断が、いかにも木下さんらしいと思うのです。「GARDEN」という個展タイトルが、花のためだけにあるのではないことも、そこに表れています。 これまで大きくご紹介していない作品の中に、孔雀の作品があります。 これが、実に華やかです。孔雀や人喰鳥という題材そのものに装飾性があります。羽の色、金泥や銀泥の光、画面の密度をあげます。近づくと細部が目に入り、少し離れると画
7月12日読了時間: 2分


木下めいこ② 二つの視点で
現代の日本画に注目しています。師弟制度が色濃かった陶や磁やガラスに見受けられていた「○○でなければならぬ」というところが少なからず、顔をのぞかせる世界が、日本画にももしかしたらあったのかもしれない、目に見えない呪縛と言いますか。 絵画は描かれているものだけでなく、何に描かれているのか、どのような手順で画面が作られているのかに目を向けると、作品の見え方はどんどん変わります。 例えば、木下めいこさんの作品では、二つのものに注目してみようと思います。杉板という支持体とサイアノタイプという技法。 杉板は、古くは杉戸絵などにも用いられてきた素材です。杉戸絵は、杉板に絵を描いた間仕切りであり、建築の中に置かれ、日々の移動や視線の中で見られてきました。紙や絹のように均質な面ではなく、杉板には木目があります。年輪があり、節があり、一本の木が成長してきた方向があります。 杉板の木目を横にすることで、時の流れを感じさせると木下さん。 今回取り上げる作品では、その木目が縦ではなく横に用いられています。木が上へ伸びていく方向をそのまま見せるのではなく、横へ流すことで、木
7月8日読了時間: 3分


木下めいこ① ひまわりのような人といっても
「わあ、話に聞いていたより、広くて素敵」 設営のためにBIOMEへやってきた木下めいこさんは、入ってすぐ、思わず声をあげました。 その反応が、すでに木下さんらしいものでした。 壁の位置や作品数を確認する前に、まず場所全体を見る。 今回の展示で大きな課題となっていたのは、屏風をどこに、どのように立てるかということでした。 その最初の一声には、すでに展示の始まりが含まれていたように思います。 BIOME中山手での三人展では、木下さんの大作を十分にご覧いただける展示環境をつくることが難しい部分もありました。 日本画には、屏風、襖、杉戸絵のように、建築とともに見られてきた大きな画面があります。紙や絹に描かれた一点の絵でありながら、見る人の前に広がり、歩く距離や立つ位置まで変えてしまう。木下さんの大作にも、その感覚があります。 今回、BIOMEでの個展では、ひまわりの作品をキービジュアルにしました。 会場でご覧いただくと、まず、その黄色が目に入ると思います。そう見えるように、展示も組み立てています。 ひまわりは、太陽を追う花として知られています。...
7月6日読了時間: 4分


堂前守人③ BIOMEからの推し作品
コーヒーが落ちてゆく時間を贅沢にしてくれそう BIOMEでは初登場となる、堂前守人さんのコーヒードリッパーです。 陶製のドリップ板2枚で、挽いたコーヒー豆を挟むようにして使います。穴が細かいほど抽出はゆっくりになり、味わいも濃く出やすいと言われています。 丸い蓋のかたちも、この道具の魅力のひとつです。急いで淹れる道具というより、少し時間をかけて、コーヒーの時間そのものを楽しんでいただきたい作品です。 何を入れましょうか 小さな六角形の陶器の箱、銀彩陶匣です。 外側には銀彩、内側には堂前守人さんの作品でお馴染みのガラス釉による野花があしらわれています。蓋を開けたとき、内側に小さな景色が現れるような作品です。 本展のなかでも、とくに心に残る一点。本来は数をそろえて、料理の器として使ってみたいところですが、手製の練香や小さなものをおさめる箱としても、よく合うと思います。 人気の黒の削紋 中鉢としてご紹介していますが、丼としても使いやすい器です。 浅く削られた跡が表面に残り、民藝を思わせる力と、影絵のような図案性があります。料理を盛る器でありながら、食卓
6月26日読了時間: 3分


堂前守人 2026② てのひらの陶
陶作品は、写真でもずいぶんと伝わるようになりました。 色、かたち、模様、サイズ。オンラインでも、おおよその情報は見られます。 手に取ってから急に情報が増えてくるのが、堂前作品。 写真に写るのは、その一部です。 文章で懸命に語ることさえ、いまは少しおこがましく思います。 触って使ってみた人にだけわかる部分があるのです。 過去の展覧会で、「てのひら」という言葉を使ったことがあります。それから、陶をいつも傍に置き、てのひらで転がしたり、なでたりすることで心が落ち着く。ある作家のお客様からも、そうしたお話を耳にしたことがあります。 ガラスでも布でもなく、陶であること。 硬く、冷たく、重みがある。けれど手の中に入ると、その人の体温を少しずつ帯びていく。そこに、陶ならではの親密さがあります。 ご自身の器について、かつて「安心して使えて、明るい器が作りたい」と話しています。 とても平易な言葉です。 この「安心して使える」という言葉には、丈夫さや扱いやすさだけでなく、使う人の手に過度な緊張を与えないことも含まれているのだと思います。 だからこそ、このてのひらを通
6月13日読了時間: 2分


堂前守人 2026① 彼のいう時間
堂前守人さんとおめにかかれました。 今回も車で函館から神戸へお越しになりました。山陰を走り、米子を経て神戸へ入られたそうです。設営日に到着されたとき、髪を長くし、後ろで束ねておられ、以前にも増してアーティスト然とした姿に見えました。語調は、いつもと変わりません。穏やかで、ゆっくり。 作品たちは先に到着していました。 堂前さん独特の梱包をほどきながら、「ひさしぶりですね」と心の中で唱え、一つひとつ顔をのぞかせる器たちに、安堵に近いものを感じました。 BIOMEでの個展から、3年の時間が流れていました。 ミニ豆皿。少しずつおかずを載せても、薬味入れでも、箸置きでもアイディア次第。 2024年1月1日夕方、能登地方で発生した令和6年能登半島地震。5か月後の2024年6月3日早朝6時31分頃には、石川県輪島市と珠洲市で最大震度5強を観測する地震がありました。さらに2024年11月26日夜22時47分頃には、石川県西方沖を震源とする地震が発生しました。 大きな天災は、抗うことのできない自然の脅威であるとわかっていても、失った人や物、記憶に向き合う時間を人に
6月8日読了時間: 3分


木内達朗③ 公園は、ただ穏やかな場所ではない
Neighborhood Park。近所の公園。 穏やかでのどかな環境。犬の散歩。ベンチ。木陰。子どもの声。外光や風が頬にあたり気持ちがいい。ああ、心地いいな。 ところが、木内達朗の公園は、そう簡単には休ませてくれません。 木があります。けれどただの背景ではない。画面の中で、かなり大きな顔をしています。枝も、幹も、葉も、こちらが思っているよりずっとインパクト大。 自転車もいる。橋もある。それはともかく、車が入ってくる。バイクもいる。なぜ。 そして、白黒のリボン(きしめん・包帯)のようなものが、意思をもって舞っている。なぜ。公園のはずなのに、二輪四輪車が走り、公園のはずなのに、どこか舞台のようでもある。公園のはずなのに・・・公園って。 「np11」 この「公園のはずなのに」が、今回の作品の面白さだと思います。 木内さんの絵は、アイキャッチとしての力が高い。色も、形も、まず視線をつかむ。車も愛らしい。木もいい。一つひとつはシンプルでわかりやすいのです。しかし、よく観察すると、だんだん穏やかなだけでは済まなくなるのです。 この車は、なぜここにいるのか。
5月21日読了時間: 3分


木内達朗② 木内さんの朗
木内さんのお名前の「ろう」は、郎ではなく、朗です。どこかで、木内さんご自身が念を押しておられたのを記憶しています。たしかに、これは間違えてはいけない。 在廊期間は、大変よい天気に恵まれました。 御影の坂も、阪急沿線の空も、神戸の木々も、少し出来すぎなくらいでした。お名前の「朗」から作品を読もうということではありません。ただ、今回のアクリル画には、明るいだけでは言い切れない明るさがあります。 「np11」npって…とお間抜けにも、木内さんに尋ねたことを悔いている 滞在中にお話しした中で、とりわけ印象に残っているのは、東京と神戸における、イラストレーションや絵画へ向かう教育環境の違いについてでした。BIOMEでも日頃から感じていることがあり、TINY ROUND TABLEを終えたあと、木内さんも近い感想をお持ちなのだと感じました。 絵を描くのが好きな人の、最後の目的は何なのでしょう。 自己満足。人からの賞賛。誰かの手に渡ること。見てもらい、共感を得ること。仕事になること。教えること。続けること。いろいろあります。 ギャラリーにいると、もうひとつ思う
5月18日読了時間: 3分


木内達朗① 木内さんの木
始まった個展の前日の設営日から神戸に滞在した木内さん。在廊中の木内さんと、御影界隈に出かける機会が数度ありました。 電車を待てば、「ゆっくりしていていいなー」 芦屋川駅が近づいてくると、「身内が住んでいた時期があって、数回来たことがありますよ」 歩けば、川にかかる鯉のぼりの風景をパチリ。こちらが通りすぎてしまうものを、木内さんはわりと拾います。 特におもしろかったのは、とある場所でのこと。 山側を見れば緑葉の桜並木をパチリ。海側を見れば松原をパチリ。 「木が好きなんです。神戸の木は、やはり東京とは違いますね」 関西から見る東京の木は、柳と銀杏のイメージ。では、神戸の木は何でしょう。楠でしょうか。それとも、坂道の途中で急に立派な顔をしている、名前を知らない木でしょうか。 まつぼっくりのモクテルとこちらを。 今回の個展「Neighborhood Park」の新作には、たくさんの木が登場します。 ただし、木内さんの木は、図鑑で樹種を当てるための木ではありません。楠です、松です、桜です、というふうには描かれていない。 大きな森のような公園。そこに、車、バ
5月14日読了時間: 3分


Art Basel Hong Kong Report③
速度と重なり ・香港で残ったこと Report①で記載した通り、初日2日間はプレビュー入場であっても、観覧者の層は限定されません。購買を目的とする者、観光的に訪れる者、関係者。それぞれが同じ空間にいます。それもかなりの数です。その結果として生まれる状態。 会話、移動、撮影。同時に進む流れ。視線は一点に留まりにくい。 Art Baselでは、作品ごとに一定の時間を確保できていた印象があります。一方、香港では移動の速度が優先される。視線は流れやすく、疲労も早く感じられます。 壁紙も凝っていた インスタレーションも同様でした。立ち止まって関わるというより、通路の中で目に入る。写真を撮る、少し見る、そのまま次へ進む。そうした見られ方が多かったように思います。 作品の中に入り込むというより、動線の中で処理されていく。結果として、滞在時間は短くなります。会場全体を見ても、同じような振る舞いが繰り返されています。立ち止まることよりも、移動しながら見ることが前提になっているように見えます。 これは優劣ではありません。作品を見る場であると同時に、購入の場でもあり、
3月28日読了時間: 4分


Art Basel Hong Kong Report②
視線が止まるとき 作品単位での検証 Egon Schieleのデッサンでは、周囲の観客と同様に足が止まります。 フェアの中でありながら、美術館に近い緊張。空間が締まる状態。デッサンを実見するのは初めてだったこともあり、高揚感が先行したことも否定できません。隣に並ぶMarc Chagallの作品とあわせ、強い印象。強い引力。 Jordi Alcaraz 同じ場を振り返ると、Jordi Alcaraz。Mayoral Galleryのブースです。 平面と立体の境界が揺らぐ作品。彫刻、ドローイング、絵画を横断する作家。どこか古典的な印象を持ちながら、素材そのものへの関心が前面に出ています。 フレームの中に収まりながら、奥に空間があるというより、素材の歪みや押し出しによって像が成立しているように見えます。絵を見るというより、物の状態を見る感覚。 すぐには理解できない。見ているうちに構造が見えてくる。 その遅れ、視線が留まる理由のひとつです。 Jonny Niesche「Chemical Love」 続いて、Jonny Niesche。「Chemical.
3月28日読了時間: 2分


木内達朗という仕事 最終回 <御影、にて>
個展の話は、すぐに動いたわけではありません。というより、機を待っていました。ただし、その機は単純なタイミングではありません。木内達朗の個展は、自社物件でギャラリーをやる時に、と思いを整理していたからです。 2022年に中山手へ移転した時点で、ここは時限の賃貸でした。遅かれ早かれ別の場所を探すことになる。それは最初から分かっていたことです。そして見つかったのが御影の物件でした。通常は流通しない希少な不動産。その場所にギャラリーを設けるのです。 「ギャラリーを継続するのか」「なんのためにやるのか」。そんな想いを逡巡させてきたこの数年。実際に現実のものとなる、少し広くなる空間、壁も増える、見せ方にも制約がなくなる。さぁ、どうする。 この問いは、BIOMEにとって小さくありません。 絵を描くことが好きであること。このたびは細かな期限も媒体もありません。誰かの指示もありません。ただ、自分の判断で描かれた絵を展示してほしい。ただし、原画が中心であること。 BIOMEがギャラリーを継続するにあたり整理してきた考えと、ここは不思議と重なるのです。イラスト
3月8日読了時間: 2分


木内達朗という仕事 ④ <条件の中で描く>
木内達朗の絵を、最初は「仕事の絵」として見ていました。しかし原画を手元に置いてから、逆に仕事の方が気になり始めます。どんな仕事をしているのか。どんな進め方なのか。書籍装画の印象が強かったのですが、あるとき思いがけない場所で作品を見ました。UNIQLOのCSRキャンペーン。 木内さんのwebsiteより引用 多くの人の判断を通過した場所に、木内達朗の絵がある。この人は長く仕事として絵を描いてきた人なのだ、と感じました。話していると、その感覚はすぐ伝わります。契約や交渉についての理解。丁寧な情報発信。国内外に向けて続けられている記録。 考え方はシンプルです。調べる。現場を見る。描く。歴史や場所を確認し、必要なものだけを残す。余計なものの少ない画面は、その判断の結果なのだと思います。 依頼があり、期限があり、使われる場所がある。その条件の中で絵が作られる。そう考えると、最初の言葉も理解できます。 「展覧会にはあまり興味がない」 仕事として制作が成立しているなら、展示という形式は必ずしも必要ではありません。 ネットで、プリント作品を買ってみた ...
3月8日読了時間: 2分


木内達朗という仕事 ③ <原画の威力>
「旧作でよければ、油彩の原画がありますね」。この言葉が出たのは2020年9月でした。当時BIOMEで毎年恒例の企画としていた「たからもの for おくりもの展覧会」。宝物や贈り物にしたい作品を、アーティスト一人一作品持ち寄る企画です。その頃、木内達朗は作品集を出版したばかり。紹介にもなる。そんな口実も用意しました。 何度もお伝えしますが、それまで木内達朗の原画は、画面でしか見たことがありません。ホームページ、書籍、印刷物。出展される作品を、東京のホテルで受け取り、新幹線で持ち帰ります。持ちやすいように工夫された取手。作品を大切に扱う人なのだと改めて思います。 新幹線で運ぶの図 帰宅してすぐ、壁に掛けてみる。そこで初めて分かることがあります。 光の入り方。影の強さ。色の温度。 そうだ。最初の印象は「クリーンなデジタルの絵」でした。しかし原画を見ると、その背後にある判断の数が見えてくる。この経験がなければ、木内達朗の絵を「仕事の絵」としてだけ見ていたかもしれません。 たからものforおくりもの展覧会のキービジュアルとした油彩画「At all
3月8日読了時間: 2分


木内達朗という仕事 ② <アップルパイman>
木内達朗のリサーチを終えた頃、メールで個展の打診をしました。返答は明確。 「展覧会にはあまり興味がありません」。もう一つ。「意味を感じないし判らない」 強い言葉ですが、当時の状況を考えると自然な答えです。書籍装画や広告など、クライアントワークはすでに成立している。そこに展示という別の枠組みを持ち込む必然は、アーティスト側からすれば薄かったのでしょう。 2019年5月。それでも直接お会いする段取りをとりつけました。青山塾の近くにあるun café。先に店に入り、まだ肌寒いテラス席で待っていました。そこへ、ツカツカと歩いて現れた木内さん。椅子に座るとすぐ一言。 「アップルパイ頼んでいいですか」。注文したアップルパイをあっという間に食べ終えます。その食べっぷりをつぶさに見ていたせいか、妙にはっきり覚えている場面。 このとき、展覧会の話もしました。そして余計なことも言いました。 「原画にこだわっています。デジタルじゃなく、アナログで描きませんか」 青山界隈を歩いて。国連大学 今思えばかなり無茶な話。イラストレーターの仕事の構造を理解していない。...
3月8日読了時間: 2分


木内達朗という仕事 ① <ニューヨーク、ホテルのゴミ箱>
木内達朗という名前を、作品から知ったわけではありません。先に、人から聞きました。きっかけは 船津真琴 です。 彼女は画家であり、イラストレーターでもあり、多くの実績を積むアーティストの一人。BIOMEを始めた頃、彼女の作品に惹かれ、会って話し、情報交換をするようになりました。当時、彼女は 青山塾 に通っていました。 Society of Illustrators 61 でGold Medalを受賞した頃のこと。 授賞式のためにニューヨークへ向かい到着したホテルから、SNSにこんな投稿がありました。「アメリカのホテルにはゴミ箱がないのか。どこを探してもない」。反射的に「だいたいパウダールームにありますよ」とリプライした自分。しばらくして「ありました!」と返ってきた。それだけのやり取り。それでも、未知の授賞式に向かう彼女に、ほんの少しだけ実務的な応援ができた気がして、印象に残っています。 その後、彼女が関西の用向きでBIOMEに立ち寄ってくれたときのこと、話の途中で出てきた名前。「私が大変尊敬する、素晴らしいアーティストがいる。それが木内達朗さん」こ
3月8日読了時間: 2分
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