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日常での気づき、イベントやアーティストについて触れた日々のメモです。
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Art Basel Hong Kong Report③
速度と重なり ・香港で残ったこと Report①で記載した通り、初日2日間はプレビュー入場であっても、観覧者の層は限定されません。購買を目的とする者、観光的に訪れる者、関係者。それぞれが同じ空間にいます。それもかなりの数です。その結果として生まれる状態。 会話、移動、撮影。同時に進む流れ。視線は一点に留まりにくい。 Art Baselでは、作品ごとに一定の時間を確保できていた印象があります。一方、香港では移動の速度が優先される。視線は流れやすく、疲労も早く感じられます。 壁紙も凝っていた インスタレーションも同様でした。立ち止まって関わるというより、通路の中で目に入る。写真を撮る、少し見る、そのまま次へ進む。そうした見られ方が多かったように思います。 作品の中に入り込むというより、動線の中で処理されていく。結果として、滞在時間は短くなります。会場全体を見ても、同じような振る舞いが繰り返されています。立ち止まることよりも、移動しながら見ることが前提になっているように見えます。 これは優劣ではありません。作品を見る場であると同時に、購入の場でもあり、
3月28日読了時間: 4分


Art Basel Hong Kong Report②
視線が止まるとき 作品単位での検証 Egon Schieleのデッサンでは、周囲の観客と同様に足が止まります。 フェアの中でありながら、美術館に近い緊張。空間が締まる状態。デッサンを実見するのは初めてだったこともあり、高揚感が先行したことも否定できません。隣に並ぶMarc Chagallの作品とあわせ、強い印象。強い引力。 Jordi Alcaraz 同じ場を振り返ると、Jordi Alcaraz。Mayoral Galleryのブースです。 平面と立体の境界が揺らぐ作品。彫刻、ドローイング、絵画を横断する作家。どこか古典的な印象を持ちながら、素材そのものへの関心が前面に出ています。 フレームの中に収まりながら、奥に空間があるというより、素材の歪みや押し出しによって像が成立しているように見えます。絵を見るというより、物の状態を見る感覚。 すぐには理解できない。見ているうちに構造が見えてくる。 その遅れ、視線が留まる理由のひとつです。 Jonny Niesche「Chemical Love」 続いて、Jonny Niesche。「Chemical.
3月28日読了時間: 2分
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