BIOME観察ノート②
- 3月17日
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用途のない器の研究:工芸とアートのあいだ
器は本来、使うためのもの。盛る、注ぐ、運ぶ。手に取られ、洗われ、また使われる。そうした反復のなかで技術が磨かれ、生活の中に美しさが残っていく。工芸の魅力の多くは、その繰り返しの中にあります。欠けたり、色が落ち着いてしまったり。
しかし形あるもののすべてが用途へ戻っていくわけではありません。
器の姿をしていても、これは使うためのものではないと感じるものがあります。用途ではなく、別の問いを抱えているものがある。そこで初めて、工芸とアートのあいだに線を引く必要が出てくるのではないかと考えています。
BIOMEで立体作品を見るとき、まず確認するのは、使われることが価値を規定しているかどうかです。便利であること、使いやすいこと、反復できることが核になっているのか。それとも用途を離れてなお、単体として残る力を持っているのか。その違いは小さくありません。もちろん用途のあるものに価値がないという話ではありません。むしろ逆で、用途を持つものには用途の強さがあります。生活の中で使われ続けることでしか生まれない厚みがあります。ただ、展示空間で扱う場合には別の条件も必要になります。
作者の問いが継続しているかどうかも重要です。
単発の造形ではなく、その人が何を問題としているのかが作品の中に残っているか。さらに、移動や保管、再展示に耐えるかどうかも大切。立体作品は、形の良し悪し以前に、扱う条件そのものが判断に関わるからです。
器に見えるから器、彫刻に見えるから彫刻という単純な話ではありませんね。用途が価値を決めているのか。それとも別の条件が作品を支えているのか。
BIOMEではその点を一度整理したうえで扱うようにしています。

