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佐藤幸恵と輪島明子 核光①

10月4日
読了時間: 3分

「ガラスでなければならなかったのか」


ガラスを制作素材として選んだ人に、「なぜガラスなのですか」と尋ねます。答えは、技法の説明になることもあれば、光や透明感についての話になることもあります。

今回のお二人は、少し違いました。


佐藤幸恵さんの場合、始まりは高校生の頃に見たルネ・ラリック展だったとか。それまで佐藤さんにとってガラスは、日常にある透明な器のようなものだったそうです。ところが、ラリックの作品を前にして、ガラスが彫刻的な形を持ち、ひとつの「塊」として存在できることを知ります。

「自分もガラスという素材で何かをしてみたい」


その経験が、現在まで続いています。

実際、佐藤さんの作品を見ると、ガラスは必ずしも透明で、つるりとした素材として扱われてはいません。金属、石、陶磁、化石、繊維。異なるものと組み合わされ、ときには表面が曇り、色が重なったり、ガラスの中に閉じ込められたり、融合している様な物体としてそこに現れます。今回の制作では、砂や砂利も試しているそう。

今春に銚子へ漂流物を探し。まだ作品に取り入れられている物は少ないですが、時間と海によって風化した物体はとても魅力的で、そこに自分がどう関われるか楽しみです。(佐藤幸恵)
今春に銚子へ漂流物を探し。まだ作品に取り入れられている物は少ないですが、時間と海によって風化した物体はとても魅力的で、そこに自分がどう関われるか楽しみです。(佐藤幸恵)

ガラスの主原料のひとつが珪砂であることを考えると、砂や砂利をガラスに近づける試みは面白いものです。完成したガラスと、そのずっと手前にある鉱物質のものが、ひとつの作品の中で出会うことになるからです。


一方、輪島明子さんの記憶はもっと幼い頃へ遡ります。

子どもの頃の宝箱を開けると、ビー玉や水晶ばかりが入っている。高校時代には、生物の資料集で見たボルボックスなどの微生物の、透ける姿やフォルムに惹かれた。そしてテレビで目にした吹きガラスの現場。


輪島さんにとって、透明なもの、小さなもの、内部が見えるものへの関心は、ガラス制作以前からすでにあったようです。その興味は、現在の作品の見方にも続いています。輪島さんは作品の「正面」は決める一方で、見る位置や光が変われば、作品の印象も変わると言います。スポットライトひとつでも見え方は変わる。ときには、見る人にスマートフォンのライトを当ててみることをすすめることもあるそうです。

ガラスの魅力に光は欠かせないもの(輪島明子)
ガラスの魅力に光は欠かせないもの(輪島明子)

学生時代には、暗くなった教室でテストピースを手に持ち、デスクライトにかざしながら眺めていたこともあった。「自分も照明も動いてみるのが楽しい」と話します。

いまの作品の見方には、そんな時間もつながっています。


同じガラスでも、佐藤さんは「物体として存在するガラス」に驚き、輪島さんは「透けて見える世界」に惹かれていきました。

入口が違う。

だから、同じ展示の場に置かれたときにも、二人のガラスは同じ方向を向かないのです。出来上がったものを見れば、どちらも「ガラス作品」と呼ばれます。けれど、そこへ至るまでに二人が見てきたものは、かなり違っています。ガラスという素材には、透明であること、光を通すことだけではなく、重さ、表面、内部、色、反射、屈折など、いくつもの性質があります。


今回の二人展で見ていただきたいのは、「ガラス作品」というひとつの括りではなく、二人がその素材のどこを見てきたのか、その違いでもあると考えます。




佐藤幸恵・輪島明子葉

ガラス二人展​「核光 -ガラスの中心で-」

10月10日(土)ー11月01日(日)
12:00−17:30
最終日:12:00ー15:00
休廊日:水曜・木曜日​


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