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日常での気づき、イベントやアーティストについて触れた日々のメモです。
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佐藤幸恵と輪島明子 核光②
「完成は、どこにあるのか」 佐藤幸恵さんは、作品を作り始めるとき、完成形を決めないことが多いと言います。 要素を足す。引く。途中で起きた偶然や失敗も残してみる。そして、その作品が最終的に「在るべき場所」を探していく。これは以前から変わらない制作方法だそうです。 そのことを象徴するような作品があります。 針金の先に古い鍵を付け、一度は作品として完成させたもの。 しかし展示後も違和感が残った。 そこで鍵を外し、バランスを変え、拾った石を取り付けたところ、「あぁ、そういうことだったのか」と思えたのだと言います。最初の構想を実現することが制作なのではなく、作りながら、そのものがどこへ行こうとしているのかを確かめていく。 今回の作品でも、海辺で拾った漂流物や、砂、砂利などが新たに視野に入っています。 今年の春には銚子まで漂流物を探しに出かけました。 時間と海によって変化したものに、自分がどう関わることができるか。それを試しているところだと言います。 輪島明子さんもまた、現在、新しい試みに入っています。 ここ数年は、水や湧き水を扱った作品から、山へ。...
10月4日読了時間: 2分


佐藤幸恵と輪島明子 核光③
「作品になる前のもの」 制作について聞いているのに、話がお二人ともそれぞれ、給水塔や山や畑へ向かっていく。 今回面白かったのは、そんなところでした。 佐藤幸恵さんのアトリエの窓から、近所の団地の給水塔が見えるのだとか。8階ほどの高さがあり、形のバランスや細かな表面が気に入っていた佐藤さん。 ある日、塔全体が工事用の囲いで覆われました。塗り直すのだろうと思っていた。数か月後、囲いが上から外されていく。ところが、そこには何も現れない。塗装工事ではなく、解体工事だったのです。 「手品のように覆われて、そのまま消えてしまった」 佐藤さんは、そのときの感覚を「奇妙な喪失感」と表しました。 今回送られてきた写真にも、囲われた給水塔と、その後の風景があります。 けれど、佐藤さんが何を見て、何に引っ掛かるのかを知る写真として、とても示唆があります。 明確な答えがないものや、意味を簡単には決められないものが好きだとも佐藤さんは書いています。映画を見ても、何かが説明され、解決する物語より、最後まで靄が残るようなものに惹かれる。そうしたものが記憶に残り、やがて作品の芽
10月4日読了時間: 3分


佐藤幸恵と輪島明子 核光①
「ガラスでなければならなかったのか」 ガラスを制作素材として選んだ人に、「なぜガラスなのですか」と尋ねます。答えは、技法の説明になることもあれば、光や透明感についての話になることもあります。 今回のお二人は、少し違いました。 佐藤幸恵さんの場合、始まりは高校生の頃に見たルネ・ラリック展だったとか。それまで佐藤さんにとってガラスは、日常にある透明な器のようなものだったそうです。ところが、ラリックの作品を前にして、ガラスが彫刻的な形を持ち、ひとつの「塊」として存在できることを知ります。 「自分もガラスという素材で何かをしてみたい」 その経験が、現在まで続いています。 実際、佐藤さんの作品を見ると、ガラスは必ずしも透明で、つるりとした素材として扱われてはいません。金属、石、陶磁、化石、繊維。異なるものと組み合わされ、ときには表面が曇り、色が重なったり、ガラスの中に閉じ込められたり、融合している様な物体としてそこに現れます。今回の制作では、砂や砂利も試しているそう。 今春に銚子へ漂流物を探し。まだ作品に取り入れられている物は少ないですが、時間と海によって
10月4日読了時間: 3分
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