佐藤幸恵と輪島明子 核光②
「完成は、どこにあるのか」
佐藤幸恵さんは、作品を作り始めるとき、完成形を決めないことが多いと言います。
要素を足す。引く。途中で起きた偶然や失敗も残してみる。そして、その作品が最終的に「在るべき場所」を探していく。これは以前から変わらない制作方法だそうです。
そのことを象徴するような作品があります。
針金の先に古い鍵を付け、一度は作品として完成させたもの。
しかし展示後も違和感が残った。
そこで鍵を外し、バランスを変え、拾った石を取り付けたところ、「あぁ、そういうことだったのか」と思えたのだと言います。最初の構想を実現することが制作なのではなく、作りながら、そのものがどこへ行こうとしているのかを確かめていく。
今回の作品でも、海辺で拾った漂流物や、砂、砂利などが新たに視野に入っています。
今年の春には銚子まで漂流物を探しに出かけました。
時間と海によって変化したものに、自分がどう関わることができるか。それを試しているところだと言います。
輪島明子さんもまた、現在、新しい試みに入っています。
ここ数年は、水や湧き水を扱った作品から、山へ。
2025年の「光の稜線」、2026年の「祈りの山」「雲上の山」と制作を続けながら、輪島さん自身、「水も山からの眺望と相通じるものがある」と考えるようになったそうです。
そして今回の『核光』では、小さなピースをつなげる表現をさらに進めようとしています。
同時に、「核」という言葉から、これまでの作品を見返している。青や緑はいったん少なくし、無彩色や透明な作品に目を向けたいとも答えています。
ガラスは、光の位置によって見え方が変わります。
輪島さんは作品の正面を決めながらも、見る人が動いたり、照明を変えたりすることをすすめています。
スマートフォンのライトを当ててもいい。
学生時代、暗くなった教室でテストピースを手に持ち、デスクライトに当てながら、いつまでも眺めていたという話も印象に残ります。
ガラス作品の完成とは何なのか。
窯から出た瞬間なのか。組み上がった瞬間なのか。展示台に置かれたときなのか。
あるいは、見る人がその周囲を歩き、光が移ったところまで含まれるのか。
二人の作品を見ていると、その境界そのものが少し曖昧になってきます。
佐藤幸恵・輪島明子葉
ガラス二人展「核光 -ガラスの中心で-」
10月10日(土)ー11月01日(日)
12:00−17:30
最終日:12:00ー15:00
休廊日:水曜・木曜日


