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堂前守人 2026② てのひらの陶

  • 6月13日
  • 読了時間: 2分

陶作品は、写真でもずいぶんと伝わるようになりました。

色、かたち、模様、サイズ。オンラインでも、おおよその情報は見られます。

手に取ってから急に情報が増えてくるのが、堂前作品。




写真に写るのは、その一部です。

文章で懸命に語ることさえ、いまは少しおこがましく思います。

触って使ってみた人にだけわかる部分があるのです。


過去の展覧会で、「てのひら」という言葉を使ったことがあります。それから、陶をいつも傍に置き、てのひらで転がしたり、なでたりすることで心が落ち着く。ある作家のお客様からも、そうしたお話を耳にしたことがあります。

ガラスでも布でもなく、陶であること。

硬く、冷たく、重みがある。けれど手の中に入ると、その人の体温を少しずつ帯びていく。そこに、陶ならではの親密さがあります。


ご自身の器について、かつて「安心して使えて、明るい器が作りたい」と話しています。

とても平易な言葉です。

この「安心して使える」という言葉には、丈夫さや扱いやすさだけでなく、使う人の手に過度な緊張を与えないことも含まれているのだと思います。

だからこそ、このてのひらを通っていく陶作品は、気に入ったものであってほしいと思います。


少し見えにくいのですが、蓋のつまみ。動物の形なんですよ。
少し見えにくいのですが、蓋のつまみ。動物の形なんですよ。

作者やギャラリーの箔で見るのではなく、土の塊として気に入るかどうか。

気がつくと、いつもその器を使っている。盛るものが変わっても、また手が伸びる。

画面で見た器が、てのひらの上で別の密度を持ちはじめます。


器は、最後に手の中で決まるのだと思います。

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