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核光④ 輪島明子 Boring Surveyを巡り

10月22日
読了時間: 8分

地中の記録、水の断面

ガラス作品の制作経験をお持ちだというお二人のゲストから、輪島明子さんの「Boring Survey#2」について、どのような技法で制作されているのか、という質問をいただきました。ご紹介している「Boring Survey #2」は、搬入後、設営上の不具合で、一度輪島さんのもとへお返しし、展覧会初日から数日遅れて展示が実現した作品です。


輪島さんの創作を考えるうえでも重要な作品だけに、良いご質問を頂いたこともあり、あらためて制作についてお尋ねすることにしました。

一方、その質問を受けて思い出した場所があります。福井県若狭町、三方五湖のひとつ水月湖のほとりにある、福井県年縞博物館です。

以前からその研究に関心があり、実際訪問した時には、ボーリング調査によって湖底から採取された細長い試料に目を奪われました。幾重にも重なる色彩の濃淡や、細かな線の不規則な連続。地質学的な資料でありながら、抽象絵画や精緻なデザインを思わせる美しさがありました。

その模様は、人間の意図によって描かれたものではありません。湖底に堆積した物質が、長い歳月を経て形成したものです。

輪島さんの作品と年縞博物館。両者の関係について考える前に、まずはこの特異な地質資料について触れておきたいと思います。


七万年を測る、自然の記録

2018年に開館した福井県年縞博物館では、水月湖の湖底から採取された約七万年分の年縞が、全長45メートルにわたって展示されています。

年縞とは、季節によって異なる堆積物が湖底などに蓄積し、年ごとの層を形成したものです。水月湖では、基本的に一年に一組の明暗の縞が形成され、その連続した記録が極めて良好な状態で保存されてきました。



1991年のボーリング調査で発見された水月湖の年縞は、約七万年にわたる連続した記録として、世界的にも貴重な研究資料となっています。なかでも、過去の年代をより正確に特定するための基準として、考古学や地質学など幅広い分野の研究に貢献してきました。また、堆積物に含まれる花粉を調べることで、過去の植生や気候変動を推定することもできます。


わずかな厚みの層が、一年という時間に対応する。それが数万年にわたって連続し、過去の年代を測る基準にもなるという事実には、あらためて驚かされます。

展示された年縞は、研究資料としての価値を知らずとも、その造形に惹かれるものがあります。しかし、その美しさの背後には、堆積、採取、分析という一連の科学的な営みがあり、一本の細長い試料から、目にすることのできなかった過去が読み解かれていきます。


ボーリングコアという着想

輪島さんの公式サイトによれば、「Boring Survey」は、博物館で目にしたボーリングコアから着想を得たシリーズです。ボーリングコアとは、地中を円筒状に掘削して取り出した試料のこと。地質の構造や堆積の履歴を調べるために用いられます。

輪島さんがそこから発想したのは、地盤ではなく、水そのものをボーリングするという想像でした。

水を円筒状に取り出すことができたなら、その内部にはどのような景色が現れるのだろうか。


「私は深く潜ってゆきたいし、どこまでも舞い上がりたい。」


輪島さんが作品について記したこの一節には、採取という具体的な行為から、物理的な制約を離れた世界へ向かおうとする意識がうかがえます。

地質学におけるボーリングは、採取した試料から実在する地層の情報を得るための方法です。一方、輪島さんはその円筒形と、内部を取り出して観察するという発想を、造形へと転換しています。

年縞博物館が扱うのは、実際に堆積した物質の履歴。輪島さんが形にしようとしたのは、採取することのできない水の断面です。

輪島さんが訪れた博物館は特定されておらず、年縞博物館との直接的な関係は不明です。それでも、採取された試料が持つ造形的な面白さと、そこから着想を得て制作されたガラス作品とを並べてみることには、興味をそそられます。


三本のガラス、三つの制作方法

実際に作品を前にすると、細長い透明なガラスの内部に、異なる模様が封じ込められていることに気づきます。

青や褐色の不定形な模様、細く引き伸ばされた複数の線、紫色の水平な層。ガラスの内部に別の物質を混ぜ込んでいるのではないか、というゲストの疑問も、この複雑な造形から生まれたようです。

早速、輪島さんに制作方法を尋ねたところ、三本はそれぞれ異なる工程でつくられているとのことでした。


⚫︎左側には、青や褐色の円形に近い模様が重なっています。一つひとつ球状に成形したガラスに、パウダーをかけて制作したものだそうです。色彩が複数の層として現れ、部分的には輪郭がにじんだようにも見えます。

⚫︎中央に見られるのは、細い色ガラスを引き伸ばす技法です。輪島さんはこれを「金太郎あめのような感じ」と説明してくださいました。細長く引き出された色ガラスが、透明なガラスの内部で線の集合をつくり、見る方向によって、その重なり方も変化します。

⚫︎右側では、ガラスとパウダーを交互に重ねる工程を繰り返しています。紫色の横縞には濃淡や厚みの違いがあり、均一に配列された装飾とは異なる表情が生まれています。

さらに、ガラス以外の素材として金箔も用いられています。


制作における温度の扱いについても、輪島さんから興味深い説明をいただきました。


ガラスは再加熱によって加工できるため、冷却した状態のほうが意図した作業に適している場合と、溶融させたほうがよい場合があり、制作中は両者を幾度も往復するそうです。

吹きガラスというと、高温で溶けたガラスを一息に成形する光景を思い浮かべがちですが、今回のお話からは、より複合的な制作過程が見えてきます。

異なる状態のガラスを扱い、色や形を調整しながら内部に模様を構成していく。透明なガラスに包まれた線や層は、完成後には一体化して見えますが、その形成には、複数の工程と温度管理が介在しています。


ここで再び、ボーリングコアという着想に戻ってみます。

自然界の地層は、長い時間をかけて物質が堆積することで形成されます。一方、「Boring Survey」の模様は、作家が素材を選び、加熱や冷却を繰り返しながら意図的に構成したものです。

その成立過程はまったく異なりますが、透明な円柱の内部に色彩や線が重ねられた造形は、見る側に何かを読み取ろうとする行為を促します。

そこに、ボーリングコアという形態を作品へ取り込んだことの意味があるように思われます。


水の断面から、針葉樹林へ

「Boring Survey」は、2021年に3作品が制作されたシリーズです。

今回BIOMEで展示している「Boring Survey #2」は、高さ120センチ。3本のガラスを高低差のある金属製の台に配置し、内部のLEDによって下方から光を透過させる構成となっています。第1作から第2作への展開に際して、輪島さんは色や模様を簡潔にし、針葉樹林というモチーフを取り入れています。

着想のひとつとなったのは、針葉樹が伐採される際に発する、低く響く振動でした。

輪島さんはそこに「鼓動の無い命」を感じたと記しています。

樹木は、長い年月をかけて水を吸い上げ、成長し、その内部に組織を形成していきます。伐採によって生きた樹木としての活動は終わりますが、その後は木材として別の用途を与えられることもあります。

輪島さんが着目したのは、生命を維持してきた樹木が、その活動を終え、素材へと移行する瞬間です。

静岡大学で森林資源科学を学んだ輪島さんにとって、樹木や水は、外形を観察するだけの対象ではなかったのでしょう。自然を構成する物質や、その変化への関心は、ほかの作品にも繰り返し現れています。


「三日月湖」「湧水を辿る」「淵をすくう」といった作品にも、水の運動や地形、自然現象への関心を読み取ることができます。

「Boring Survey」では、地質調査の試料という形態から出発した発想が、水の内部という架空の風景を経て、樹木の生命活動へと展開しています。

科学的な関心をそのまま造形に置き換えるのではなく、そこで得た知識や経験を、ガラスという素材によって別の表現へと転じているところに、輪島さんの仕事の特徴があるのではないでしょうか。


見えているものと、その成り立ち

年縞博物館で目にした細長い標本と、輪島明子さんの「Boring Survey」。

前者は、過去の環境を読み解くための実物資料です。後者は、作家の構想とガラスの加工技術によって生み出された作品です。


自然が形成した地層と、人間が意図的に構成したガラスの内部。その違いを意識すると、両者を安易に同一視することはできません。ただ、どちらも表面の模様を眺めることから始まり、その形成過程へ関心が向かうという点では、共通した鑑賞の入り口を持っています。


今回、ゲストから寄せられた技法についての質問は、作品の見た目だけでは知り得なかった制作工程に目を向ける機会となりました。輪島さんから届いた説明を読み、あらためて写真に目を移すと、一本一本のガラスに異なる操作が施されていることが、以前よりも具体的に理解できます。


科学的な標本には、そこから何を読み解くかという問いがあります。美術作品には、何を、どのような方法で形にしたのかという問いがあります。

そして、完成した作品をどのように受け取るかは、鑑賞する側に委ねられています。

「Boring Survey」は、そのいずれについても、まだ考えてみたいことの残る作品です。



作品情報

輪島明子「Boring Survey #2」2021年W45 × D45 × H120cmLED内蔵展示台

参考資料

輪島明子「2021 Boring Survey」https://akikosglass.com/project/2021-boring-survey/

富山ガラス作家協会「輪島明子」https://toyama-glassartists.com/member/akiko-wajima/

福井県年縞博物館 https://varve-museum.pref.fukui.lg.jp/

制作技法に関する記述は、2026年10月に輪島明子氏からBIOMEへ寄せられた説明に基づきます。

 
 
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