木内達朗という仕事 ① <ニューヨーク、ホテルのゴミ箱>
- 3 日前
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木内達朗という名前を、作品から知ったわけではありません。先に、人から聞きました。きっかけは船津真琴です。

彼女は画家であり、イラストレーターでもあり、多くの実績を積むアーティストの一人。BIOMEを始めた頃、彼女の作品に惹かれ、会って話し、情報交換をするようになりました。当時、彼女は青山塾に通っていました。
Society of Illustrators 61でGold Medalを受賞した頃のこと。
授賞式のためにニューヨークへ向かい到着したホテルから、SNSにこんな投稿がありました。「アメリカのホテルにはゴミ箱がないのか。どこを探してもない」。反射的に「だいたいパウダールームにありますよ」とリプライした自分。しばらくして「ありました!」と返ってきた。それだけのやり取り。それでも、未知の授賞式に向かう彼女に、ほんの少しだけ実務的な応援ができた気がして、印象に残っています。
その後、彼女が関西の用向きでBIOMEに立ち寄ってくれたときのこと、話の途中で出てきた名前。「私が大変尊敬する、素晴らしいアーティストがいる。それが木内達朗さん」これが最初でした。
その夜すぐに、木内達朗のホームページを開きました。
並んでいたのは仕事ごとに整理された作品。(今より少し雑然としていましたが)書籍装画、挿絵、広告。媒体の説明より先に、画面が目に入る。余計なものがない。画面がクリーン。ノイズが少ない。
最初は、デジタルだから整って見えるのだろうと思いました。ところが、見ているうちに少し気になる部分が出てきます。わずかなズレや、ぶれのような部分。事故ではなく、判断なのだろうか。柴犬の絵や「チキュウズィン」など、いくつか覚えています。
けれど、題材よりも印象に残ったのは、画面設計の潔さ。仕事の美しい人だと感じました。

この時点で木内達朗を、「展示で観る人」ではなく、「仕事のかたちで出会う人」として認識したのだと思います。
最初の入口が個展でも作品集でもなく、仕事の集積としてのホームページだったこと。いま思えば、そこに答えが含まれていたのかもしれません。
次回は、木内達朗に個展を依頼し、断られ続けた頃の話。
