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日常での気づき、イベントやアーティストについて触れた日々のメモです。
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木内達朗という仕事 最終回 <御影、にて>
個展の話は、すぐに動いたわけではありません。というより、機を待っていました。ただし、その機は単純なタイミングではありません。木内達朗の個展は、自社物件でギャラリーをやる時に、と思いを整理していたからです。 2022年に中山手へ移転した時点で、ここは時限の賃貸でした。遅かれ早かれ別の場所を探すことになる。それは最初から分かっていたことです。そして見つかったのが御影の物件でした。通常は流通しない希少な不動産。その場所にギャラリーを設けるのです。 「ギャラリーを継続するのか」「なんのためにやるのか」。そんな想いを逡巡させてきたこの数年。実際に現実のものとなる、少し広くなる空間、壁も増える、見せ方にも制約がなくなる。さぁ、どうする。 この問いは、BIOMEにとって小さくありません。 絵を描くことが好きであること。このたびは細かな期限も媒体もありません。誰かの指示もありません。ただ、自分の判断で描かれた絵を展示してほしい。ただし、原画が中心であること。 BIOMEがギャラリーを継続するにあたり整理してきた考えと、ここは不思議と重なるのです。イラスト
3 日前読了時間: 2分


木内達朗という仕事 ④ <条件の中で描く>
木内達朗の絵を、最初は「仕事の絵」として見ていました。しかし原画を手元に置いてから、逆に仕事の方が気になり始めます。どんな仕事をしているのか。どんな進め方なのか。書籍装画の印象が強かったのですが、あるとき思いがけない場所で作品を見ました。UNIQLOのCSRキャンペーン。 木内さんのwebsiteより引用 多くの人の判断を通過した場所に、木内達朗の絵がある。この人は長く仕事として絵を描いてきた人なのだ、と感じました。話していると、その感覚はすぐ伝わります。契約や交渉についての理解。丁寧な情報発信。国内外に向けて続けられている記録。 考え方はシンプルです。調べる。現場を見る。描く。歴史や場所を確認し、必要なものだけを残す。余計なものの少ない画面は、その判断の結果なのだと思います。 依頼があり、期限があり、使われる場所がある。その条件の中で絵が作られる。そう考えると、最初の言葉も理解できます。 「展覧会にはあまり興味がない」 仕事として制作が成立しているなら、展示という形式は必ずしも必要ではありません。 ネットで、プリント作品を買ってみた ...
3 日前読了時間: 2分


木内達朗という仕事 ③ <原画の威力>
「旧作でよければ、油彩の原画がありますね」。この言葉が出たのは2020年9月でした。当時BIOMEで毎年恒例の企画としていた「たからもの for おくりもの展覧会」。宝物や贈り物にしたい作品を、アーティスト一人一作品持ち寄る企画です。その頃、木内達朗は作品集を出版したばかり。紹介にもなる。そんな口実も用意しました。 何度もお伝えしますが、それまで木内達朗の原画は、画面でしか見たことがありません。ホームページ、書籍、印刷物。出展される作品を、東京のホテルで受け取り、新幹線で持ち帰ります。持ちやすいように工夫された取手。作品を大切に扱う人なのだと改めて思います。 新幹線で運ぶの図 帰宅してすぐ、壁に掛けてみる。そこで初めて分かることがあります。 光の入り方。影の強さ。色の温度。 そうだ。最初の印象は「クリーンなデジタルの絵」でした。しかし原画を見ると、その背後にある判断の数が見えてくる。この経験がなければ、木内達朗の絵を「仕事の絵」としてだけ見ていたかもしれません。 たからものforおくりもの展覧会のキービジュアルとした油彩画「At all
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木内達朗という仕事 ② <アップルパイman>
木内達朗のリサーチを終えた頃、メールで個展の打診をしました。返答は明確。 「展覧会にはあまり興味がありません」。もう一つ。「意味を感じないし判らない」 強い言葉ですが、当時の状況を考えると自然な答えです。書籍装画や広告など、クライアントワークはすでに成立している。そこに展示という別の枠組みを持ち込む必然は、アーティスト側からすれば薄かったのでしょう。 2019年5月。それでも直接お会いする段取りをとりつけました。青山塾の近くにあるun café。先に店に入り、まだ肌寒いテラス席で待っていました。そこへ、ツカツカと歩いて現れた木内さん。椅子に座るとすぐ一言。 「アップルパイ頼んでいいですか」。注文したアップルパイをあっという間に食べ終えます。その食べっぷりをつぶさに見ていたせいか、妙にはっきり覚えている場面。 このとき、展覧会の話もしました。そして余計なことも言いました。 「原画にこだわっています。デジタルじゃなく、アナログで描きませんか」 青山界隈を歩いて。国連大学 今思えばかなり無茶な話。イラストレーターの仕事の構造を理解していない。...
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木内達朗という仕事 ① <ニューヨーク、ホテルのゴミ箱>
木内達朗という名前を、作品から知ったわけではありません。先に、人から聞きました。きっかけは 船津真琴 です。 彼女は画家であり、イラストレーターでもあり、多くの実績を積むアーティストの一人。BIOMEを始めた頃、彼女の作品に惹かれ、会って話し、情報交換をするようになりました。当時、彼女は 青山塾 に通っていました。 Society of Illustrators 61 でGold Medalを受賞した頃のこと。 授賞式のためにニューヨークへ向かい到着したホテルから、SNSにこんな投稿がありました。「アメリカのホテルにはゴミ箱がないのか。どこを探してもない」。反射的に「だいたいパウダールームにありますよ」とリプライした自分。しばらくして「ありました!」と返ってきた。それだけのやり取り。それでも、未知の授賞式に向かう彼女に、ほんの少しだけ実務的な応援ができた気がして、印象に残っています。 その後、彼女が関西の用向きでBIOMEに立ち寄ってくれたときのこと、話の途中で出てきた名前。「私が大変尊敬する、素晴らしいアーティストがいる。それが木内達朗さん」こ
3 日前読了時間: 2分
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